【風俗の歴史】娼婦は最古の職業だった!?
更新日2017/09/15
娼婦は世界最古の職業
風俗の源流を汲む娼婦の始まりは、人類史初の文明に見ることができます。古代メソポタミアの神話に、娼婦と思われる女性が登場します。現代でこそ風俗の仕事は表立って話題にするのは好まれませんが、古代は娼婦は聖職とされ人々から尊敬されていました。世界各地に娼婦はいたとされますが、時代と地域によってその扱いは大きく異なっていました。世界と日本に分けて、その歴史をご紹介します。
娼婦の歴史〜世界:中世からルネサンス期まで〜
①中世ヨーロッパ〜キリスト教が台頭し、娼婦には辛い時代だった〜
中世ヨーロッパでは、性は汚れたものという固定観念がありました。特に、当時庶民間に浸透したキリスト教ー最高権力者であるローマ教皇は何代も続いて女性嫌いや売春を不潔なものと決めつけていました。「満足するためだけのセックスは論外」とし、不適切なセックスの例を定義しました。「生殖行為でないセックス」を最悪とし、近親間、性暴力、売春の順に不適切さを順序づけました。
また当時の法では避妊すると死刑に処され、当然避妊をし「生殖行為でない」セックスを行う娼婦には酷すぎる状況でした。カトリック教会は娼婦そのものを普通の神経では考えられない職業と見ていました。これでは娼婦も肩身が非常に狭かったことでしょう…。
②ルネサンス期のイタリア〜娼婦は憧れの存在〜
中世と打って変わって、ルネサンス期イタリアでは娼婦の地位は大きく向上します。ヴェネチアとローマはルネサンス期において最多の娼婦が暮らす都市でした。また、当時最高の立場にあった娼婦は「高級娼婦」と呼ばれ、彼女らは教養を備えその地位から上流社会に意見を言うことさえできました。どうやって高級娼婦になったかというと、相手する男性側が教皇や思想家など地位の高い人々で、彼らから寵愛を受けると娼婦自身の地位が高まっていきました。
中世に作られた不浄なイメージとは逆に、知的で意志の強い高級娼婦たちは女性たちの憧れでした。
娼婦の歴史〜日本:古代から江戸時代まで〜
①古代〜巫女が娼婦?〜
古代日本において、娼婦は高尚な存在とされていました。卑弥呼をはじめとする巫女たちが日本各地で権力を握っていた時代でもあります。この巫女ですが、清らかな乙女というイメージがありますが祈祷の他にセックスも聖業として担っていました。
具体的には神聖娼婦と言われ、体を重ねることで男性に力を与えることが仕事でした。聖職とされるだけあって、セックスには大変ポジティブな意味付けがされていました。民衆からも尊敬されていたし、社会参加する資格も持っていました。
②江戸時代〜遊女とスター娼婦・花魁〜
江戸時代でも売春は容認されており、娼婦の仕事に就くことに憧れる人も多くいました。娼婦に限らず、性そのものに関して寛容だったんですね。
江戸幕府は公認された遊郭で働く女性を遊女と定義していました。ちなみに公認の遊郭の代表格は、吉原でした。
当時売れっ子娼婦の条件は、教養があることでした。ルネッサンス期の高級娼婦にあたる花魁は、売れっ子でも最高位に位置しスターのような存在でした。何でも、花魁は非常に「高値」で彼女が男性を気に入らなければセックスすることもなかったそうです…。花魁側にその選択肢があったことは稀ですよね。
まとめ
確かに娼婦は世界最古の職業ですね。時代や地域から探っていくと、娼婦の立場は主に二つに分けられるようです。人々から疎まれる卑しい職業か、高貴な地位で皆から憧れられるのか…。
現代日本ではキリスト教の影響もあって、風俗を耳にした一般人の評価はまずますです。今回取り上げたのは、風俗をタブー視する風潮の日本であっても歴史を見ると寛容な時期があったことを示したかったからです。
ノウハウや店舗に関する情報が必須ではありますが、気分転換・息抜きにこのコラムを楽しんでいただければ幸いです。