1. 吉原と肩を並べた「福原遊郭」その根深い歴史とは?

吉原と肩を並べた「福原遊郭」その根深い歴史とは?

吉原と肩を並べた「福原遊郭」その根深い歴史とは?

福原といえば、歓楽街や風俗街として有名。夜にきらめく派手な看板やネオンサインが連想されるでしょう。実はかつての兵庫県神戸市にも、かの有名な東京吉原と並ぶほどの大きな遊郭が存在しました。

風俗太郎
99 お気に入り

3314View

吉原と肩を並べた「福原遊郭」その根深い歴史とは?

吉原と肩を並べた「福原遊郭」その根深い歴史とは?

福原といえば、歓楽街や風俗街として有名。夜にきらめく派手な看板やネオンサインが連想されるでしょう。

実はかつての兵庫県神戸市にも、かの有名な東京吉原と並ぶほどの大きな遊郭が存在しました。今でこそソープランドをはじめとする風俗店が立ち並ぶ有名な風俗街となっていますが、そこには遊郭の歴史があったのです。

福原遊郭のなりたちとは…?

福原遊郭は1868年5月に誕生したとされています。日米修好通商条約が締結されたあと、兵庫の市街地と神戸の外国人居留地周辺の有力者たちによって市街地に遊郭や劇場の設置を希望。これによりさまざまな店舗が展開され遊郭として一躍有名となりました。

東京の吉原遊郭と同様に事務所が次々と設置され、環境整備が始められたのだそう。福原遊郭は東京の新吉原、京都の島原と共に「3つの"原"」といった意味合いから「さんばら」「三ハラ」と呼び親しまれていました。

売春防止法のあとはどうなった?

1958年に売春防止法が執行されると、福原遊郭は全ての店舗が廃止という形になり、「トルコ風呂」(のちのソープランド)が並ぶエリアと姿を変えます。トルコ風呂からソープランドと呼ばれるようになると、加えてピンサロ(ピンクサロン)が立ち並ぶようになりました。

こうして少しずつ届け出を提出した風俗店が乱立するようになり、今の風俗街へと形を変えていきました。

福原遊郭ならではの風俗店「浮世風呂」

昭和30年代〜昭和40年代にかけて、福原遊郭では「浮世風呂」と呼ばれるオリジナルの風俗店が展開されていたことを知っていますか?

浮世風呂の建物は畳敷き・小さいお風呂が完備された部屋でサービスが行なわれていたと言われます。通常のトルコ風呂とは形式がちがい、浮世風呂は風俗営業の認可を受けていなかったため、しばしば取り締まりの対象となっていたのだとか。

福原風俗街の特徴

現在も多くの風俗店が立ち並ぶなか、民家や寺が点在しているという特徴があります。地区内のソープランドの料金としては店舗ごとで異なるものの、比較的安い値段で利用できる大衆店が多い傾向が見られます。在籍している女性の年齢は他のソープ街と比べると若く、容姿も整った女性が多いとして変わらぬ人気を誇っています。

街のいたるところに歴史を残した、根強い風俗街。福原風俗街に一度立ち寄ってみてはいかがですか?

一覧に戻る>>

他の記事も読む

一覧を見る

トップへ戻る

オススメ店舗バナー

オススメコンテンツ

業種カテゴリー

エリアカテゴリー

エリアカテゴリー

業種カテゴリー

Copyright(c) 2016-2024 HELP!風俗Q&Aまとめ Inc. All Rights Reserved.